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2011年3月…。

生涯忘れることの出来ない1ヶ月になりました。

夫の誕生日を祝った3日から一転。

それから8日後に日本に起こった大地震。

マグニチュード9.0の地震が引き起こした大津波、そして原発の事故。

東北には親類がいない私も、
震災・余震の影響が大きい日立市(茨城)の友人や
被災地に派遣される警察官のご主人がいる友人、
東松島市(宮城)、釜石市(岩手)に親類が住む同僚、
実家が福島県いわき市、という仕事でお世話になっている方などを通じて、
この震災を非常に身近に感じてきました。

テレビの「画面」というフィルターを通してしか見ることの出来ない映像ばかりですが、
今このときだけ注目するのではなく、
本当にしっかり復興できるまで、応援を続けていかないといけないな…と
心から思います。

今もこの瞬間、
原発や被災地で働く多くの人たち…。

復旧作業にあたる志願職員の方、自衛隊員の方、消防士さん、警察の方、そしてボランティアの方々…。

たくさんの人たちのおかげで、
「今」生きていられる、ということ。

テレビからは普段の番組が流れるようになり、
一見、平和が戻ったかのように見えますが、
それはまったくの「錯覚」。

陸続きの200km先には、壊滅的被害を受けた東北の沿岸があり、
隣接する千葉だって液状化で苦しんでいる地域がある…。

桜が咲き始めた東京ですが…。

助けられる人、助ける人、どの人々にとっても
春の桜はまだ遠いものであり、

助けられることのなかった人々にとっては、
もう見ることの出来ない桜であること、

いろんなことを考えながら、見上げる桜になりそうです…。


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2011.03.30 営業時間
デパートの営業時間も短縮が続いています。


京王デパート@新宿

1~2時間前倒しで店じまいするところが多いですね…。


東京駅構内の中華料理屋さん。



節電のためにお店が薄暗く、「やってるの?やってないの?」が
わかりにくいから…?!

頑張ってお店を開けてくれているのが伝わってきます。

2011.03.29 真っ暗な都庁
所用があり、都庁に行って来ました。

第一本庁舎のとある階。

エレベーターを降りてビックリ。



廊下が真っ暗。

節電を徹底しているようで、廊下の電気はすべて消されていて、
窓から漏れる明かりのみ。

いくつもの部屋に分かれる事務室も
かなり節電されていて、薄暗い中、職員の方たちが仕事されていました。

計画停電、節電…。

電力不足が叫ばれる中、
都庁が煌々と電気を使っていたら、
バッシングになりますもんね…。

それにしても暗かった…。

以前から、Eveさんのプリザーブドフラワーレッスン、
一度受けてみたい!と願っておりましたが、
このたび念願叶ってショートレッスン、受けてまいりました!!

ご自宅兼お気軽サロンとなっている、アットホームなお部屋。
玄関からリビングまで、大小さまざまなプリザーブド作品が飾られています。

以前、ブログを見て、これウチにも飾ってみたいナ~、と狙っていた某作品。
ってコレ↓

「できるできる!」と薦められて、早速挑戦!

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↑これはもちろんEve先生の。

100%初心者なもので、
仕組みもまったくわからなかったのですが、
手取り足取り(手取り手取り?)教えてもらいました。

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まずは大きなフラワーから。

「これでいいのん?」「いいのんこれで?」

何がいいのやら、基準がよくわからないものの、
どうやら「感覚」でいいみたいです。

センス、ってやつでしょうか…。

先生の見本を見ながら、とりあえず真似っこ。

どうやって細かいパーツが刺さっているのかと思ったら、

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この針金を使って、細かいパーツも刺せるようにしていくんですね。
ほほぉお~。

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周りには繊細可憐なアジサイ(よく名前は聞いてましたが、じかに触って、
なるほど、これがアジサイか…と)。

しかし加減がわからず、勢いアフロ気味に…。
とっちらかってる?と言ったほうがいいのか…。

それでも褒めてもらいながらビミョーに修正を重ね…。

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パーツを付け足しながら、徐々にゴージャスに…。

おぉ…なんか形になっとるなっとる~(興奮)

なんかテンション上がりますね

噂の「グルーガン」という武器(?)も初めて見ました。

やはり百聞は一見にしかず、です。

久しぶりの感覚です。

図工?美術?
なんかそんな時間を思い出したり…。

夢中で「手」を動かす、って脳にもいい感じがします。

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アジサイの間にヒラヒラ~っと散らしたのは
「サンウィーバイン」。

舌を噛みそうになりながら、何度もつぶやく草花の名前。

聞いたこともない草花の名前に触れられるのも、
プリザーブドフラワーの楽しみの一つかもしれませんね。

シナモンスティックを付け足して、さらにお洒落に演出して下さったEve先生。

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あらやだ、なんだかイイ感じ~

気付けば地震のことも忘れて、夢中でバランスを整えていました。

ひととき、癒しの時間となりました。

また笑顔をもらいに行きたいです♪


ペンギンに会った後、馬にも会ってきました

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三木ホースランドパーク」。

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広いっ!

タイミングが良ければ、引き馬やにんじんタイムなど、触れ合いの時間もあるようです。

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厩舎の窓から挨拶ができます。
コニチワ~

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「本厩舎」のドアが開いていて、
実は見学タイムがとっくに終わっているのを知らず、入っちゃいました(知らぬが仏)。

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ご飯の干草が並んでいます。

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キレイな白馬にもご対面♪

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こちらはサラブレッドの「ナカミモンブラン」。
お父さんは、あの「シンボリルドルフ」です。

すごいですね~。

自然の空気、動物のまっすぐな瞳。

しばし癒されたヒトトキでした

帰省中、兵庫県三木市にある、「ペンギンに会えるカフェ「バランタイン」」に行って来ました

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「ペンギンがいるカフェに行ってみたいですか?」

「行きたい行きたい~

私の即答に応えて、連れて行ってくれました♪

ペンギンがいるカフェなんて、珍しいですよね。

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カランコロン~。

ドアを開けると、左奥に「ペンギンの部屋」?があります。

そして、なんと4羽のペンギンが…。

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いるんですよ、ほんとにいるんです~。

ビックリしました。

小さなマゼランペンギン(南アメリカに生息)です。

兵庫で飼っているくらいだから、温暖なエリアに育つペンギンだろうとは思っていましたが、やっぱりそうでした。

目の上のピンクのアイシャドウが愛らしいペンギンです。

ランチやケーキをいただきました。

なかでも「とりいさん家の芋ケーキ」というのが名物らしく…。

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美味しそう~!

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テレビにも出ている様子。

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このケーキの売上金の一部は「東北・関東大震災」の災害復興支援金にあてられる、ということでした。

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「災害復興支援金」とは、被災地で働くボランティアの方やNPO法人を支援する支援金のこと。

そうですよね、被災地に送る義援金ももちろんですが、
実際に働くボランティアの方々が働きやすくなるよう支援するサポートも必要ですよね。

阪神大震災を経験している兵庫県だからこそ、
被災地支援への想いに一方ならぬものがあるな…思いました。

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「とりいさん家の芋ケーキ」はやっぱり美味しかったデス!

翌日友人のお宅に行く予定だったので、お土産にも買いました。

ペンちゃんはかなりマイペースでお部屋の中で過ごしていました。

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直立不動でジーッと固まってるペンちゃんもおり…。

ちょうどペンちゃんルームの隣の席が空いて座れたので、
ずっとペンギンを見ながら食べていたのですが、
ガラス越しに「見ている」のは本当はどっちなのか…
わからない気がしてきました。

実は見られているのは…私たちのほうなのかも…しれません。

2011.03.23 関西の様子
マグニチュード9.0で大津波とともに東北を襲った地震は、
遠く関西地方にも長い揺れをもたらしました。

17年前に「阪神・淡路大震災」を経験している関西地方の人たちにとっては、
少しの揺れであっても大きな動揺だったと思います。

テレビでは津波が町を襲う信じられない光景が連日放送され、
石油タンクが8日間燃え続け、山が焼け…。

のどかな田舎の村や町を、火と水が暴れ回り、蹂躙した様子は
平和な日本で、同じ陸続きの本州で起こっていることとはにわかに信じがたい光景でした。

地震から10日が過ぎ、連日ニュースが流れていたテレビからも
普段の番組が放送されるようになりました。

関西の街も、訪れてみれば、今までどおりのように映りました。
関東のように計画停電もなく、水道もガスも普段どおり。

でも、細かく見てみれば、やはり被災地への気遣いがそこかしこに…。

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中止されるイベント。

「イトーヨーカドー」にて。

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スーパーに行けば、東京では一時消えてしまった
ティッシュやトイレットペーパーが山と積まれてはいますが、

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そこには数量制限をする案内が…。

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「お一人様2点まで」。

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生理用品もしかり。

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電池はやはり…ありませんでした。

電力も関西は関東とは周波数が違うとはいえ、
それでも「節電」に努めてくれていて、
デパートでも「節電」をしている案内が掲示されていました。

デパ地下の野菜売り場。

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兵庫県産の美味しそうな白菜。

原発の放射能汚染の問題が浮上して、
福島やその近郊で獲れる葉物野菜に
出荷停止がかかったニュースを受けて、
関西の野菜が気になりました。

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元気そうな飛騨産のほうれん草。

売り場の野菜はほとんどが近畿、中部、中国、四国、九州からのもの。

東日本の影響はまったく受けなそうに見えました。

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京野菜もたくさんあり、関西の台所はしばらく安泰の様子。

西日本から元気が消えてしまっては困るので、
しっかり食べて、元気でいてほしいです。

思いきって実家に戻り、母や弟家族、姪っ子と再会でき、
たくさんのパワーをもらってきました!

大切な人が遠くに住んでいる、というのは
日々心配が絶えません。
が、その分、再会や交流が大きな力になります。

特に大きな地震の後だったので、
なおさらみんなの優しさが身に沁みました。

たくさん心配をかけましたが、顔を見せて少し安心させることができたかな、と思います。

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姪っ子の小さな手。

「なでなで」してとリクエストすると、
頭を「なでなで」してくれます。

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おばあちゃんの手をギュッと握る小さな手。

温かく、愛らしく、柔らかなその手には、
みなぎる生命の力と未来への希望が詰まっていました。

この小さな姪っ子が安心して大きくなれる世の中に、
私たちが享受してきた幸せ以上の幸福を掴むことのできる日本にできるよう、
今、頑張れることを頑張ろう!

そんな風にモチベーションを上げることが出来ました。

この小さな手から大きな「手当て」を受けた
私たち二人でした。

2011.03.21 義援金
先週末の昼下がり、新宿駅の西口。
これまでにない数の「義援金を募る」グループを見かけました。

東北・関東大震災から1週間。
地震の恐怖を体験した東京の人たちも、被災地のために何かしたい、という思いでいっぱいだったのだと思います。

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なかでもマスコミのカメラも向く中、ひときわ目立っていたのが、
格闘家の方々の募金活動。

http://news.nifty.com/cs/sports/fightdetail/nikkansp-f-bt-tp0-110319-0008/1.htm

中央にバレーボールの大林素子さんがいらっしゃったので、かなり目立っていました。

どうもガタイのいい方ばかりだったので、スポーツ界の人たちだろうとは思いましたが、
K-1ファイターやプロレスラーの人たちだったんですね。

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募金がちゃんと届くのか?
というのは心配しがちな側面ですが、こちらの団体であれば間違いないだろう、と思い、
些少ですが寄付させていただきました。

大林素子さん、笑顔でアリガトウゴザイマス!と握手して下さいました。

やっぱり有名人、差し出す募金も小銭というわけにはまいりません。

抱える箱の中にはたくさんのお札が詰まっていました。

やはり、そういった意味でも、
有名人の方たちが立ち上がって募金を募ったり、チャリティー活動をされる、
ということには大きな意義があると思います。

たとえば私が数名を集めて街頭に立ってみたところで、
集まるお金は微々たるものでしかないと思いますが、
皆が知っている顔の人が呼びかけることで、集まる額が全然変わってくるんだな…と。

今回の震災の損失額は、民間が試算しただけでも16兆円を超えている、ということで、
原発の経過次第では、さらに上回るとも言われています…。

被災地の人たちは家や車、家財道具、何もかもが津波に飲み込まれてしまいました。

これまで通りの生活を取り戻すまでに
一体どのくらいの時間とお金が必要なのだろう…、
当事者でなくても途方に暮れてしまいます。

義援金、募金活動、チャリティーイベント、
継続的に国民全員で支えていく必要があると思います。

被災者の声にありました、

地震に遭った人も遭わなかった人も、同じ時代を生きる者として…。



郵便局からの通常払込であれば、手数料がかからずに送金することが出来ます。

ゆうちょ銀行 義援金送金用振替口座一覧

といっても、このサービスも永年というわけではなく、
期間限定であって、今年の9/30まで。

復興の兆しが少しでも早く見えてくるとよいのですが…。


東北を襲ったマグニチュード9.0の大地震と大津波。
そこから引き起こされた、原発の事故・余震・物資の買占め騒動・計画停電・ダイヤの乱れと運休・ガソリン不足、等々。

首都圏は人口と建物が密集している分、
人々に危機感が募り、不安を煽られ、混乱が続きました。

努めて平静に、と思っても、
ニュースを見ては心が沈鬱になる日々、長い長い1週間でした。

ようやくカレンダーが三連休となり、仕事も調整できたので、
有休をつなげていったん帰省することに…。

もともとこの連休は帰省の予定をしていて、お休みもとっていたのですが、
こんなことになるなんて…。

でも家族や兄弟を安心させられ、また、元気をたくさんもらうことができました。

東京駅へ移動の途中、新宿に寄りましたが、
デパートの化粧品、バックの売り場などは、
『エルメス』、『シャネル』、『ディオール』、『ルイヴィトン』、『グッチ』、軒並みブースが閉まっていました。

外資系のブランドでは、出勤停止の自宅待機指示が出ているらしく、
店員がいないことはもちろん、ショーケースの中のものもすべて消えていて空っぽ。
開店前の状態のように白い布がかぶせられていて、
しばらく休業の案内板が…。


こちらはパフュームのコーナー

やはり欧米の企業はシビアというか、センシティブというか、
上から直結で待機命令が出てるんですね…。

閉店しているブースの隣の日本のブランドでは普段と変わらず販売を続けていて、
その差になんともいえない違和感が漂っていました…。

大学の留学センターに勤める友人から聞いた話では、
ドイツの留学生はいち早く帰国命令が出て、帰国(再入国の手続きを取る間もなく)、
フランスの学生たちもそのほかの学生たちも西日本への避難指示が出たり、
自主的に帰国したり、と年度の節目を前に続々と大学から脱出していったようです。

実際、この非常事態では、言葉の問題もあり、
緊急時にケアをしきれない、ということもあるので、
安全に帰国できるうちに帰国してくれたほうがいい、という大学側の思いもあるようですが…。

今後、彼らが日本に戻ってきてくれる機会はあるのか…。
せっかく希望を持って日本に勉強しにきてくれていたのに、
こんな形で帰国しなければならないなんて…。
残念です。

数日の着替えを詰めたキャリーケースを転がしながら、
自宅のマンションを出ると、
2ブロック先のガソリンスタンドから給油待ちの行列が、家の前まで来ていました。
警察官が出動して、警備にあたっていましたが、
こんな「給油待ち渋滞」を見たことがなかったので、ビックリしました。
郵便局の車まで渋滞の列に並んでいました。

都内、近県、各所でガソリン不足が叫ばれていて、
本当に車が必要な方たちが困っているのが心配です。


交通網が遮断されているために、被災地への救援物資がなかなか行き届かない状態で、
ニュースを見ていても気が気でなりません。

危機感を募らせた結果、買い占め心理が働いて
都内でも、米・パン・飲料水・カップラーメン・トイレットペーパー、電池など、
様々なものがスーパーから消えていきましたが、
まったくモノが無いわけではなく、
モノによって差があります。



こちらはお米の棚。



こちらはコーヒー豆の棚。

何かの足しになるだろう、と人々が想像するものや、
日持ちのしないものは、風のように消えてしまいます。

供給は間に合うはずなのに、人々の買い溜め傾向によって需要に追いつかないものもあれば、
紙パック工場が被災しているために、生産ができない牛乳、
被災地への救援物資として優先されるために品数が減っているパン、
停電に備えての懐中電灯・電池など、理由があって需要に応えられないものもあります。

ただ、おしなべて都内はまだ物資の供給が安定しているほうだと思うので、
しばらくはあるもので我慢、といったところです。

被災地の方々にとっては、
着の身着のままで脱出して、
家も流され、持ち物も一切合切失ってしまった中で、
今後いったいどうやって暮らしていけばいいのか、
だんだんに不安が大きくなっていくことと思います。

この一週間は余震も毎日のようにあって、
私も目の前のこと、身の回りのことでいっぱいいっぱいでしたが、
今後は被災地の救援に意識を傾けていけたら、と思っています。

会社の近くでも、支援物資の受付をしてくれるところを見つけましたので、
同僚に呼びかけて会社からも何か支援できないか、と考えています。

日本ユニバ震災対策チーム 支援物資受付窓口
http://www.npo-uniken.org/shinsai_busshi.html

あとは、都庁でも支援物資の受付を始めたので、
個人的に持参しようと思っています。

東京都の支援物資受付
http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2011/03/20l3hd00.htm

やっと、茨城・日立市にも物資を宅配できるようになったので、
早速荷物を送ってみました。
水道は時間の問題で復旧すると信じていますが、心配なので水を何本かボトルで、
あと、ガソリンがなくて買い物に行くのが困難そうなので、食料をいろいろ詰めてみました。

できることならガソリンを運んであげたいけれど、難しいので、
とにかくできることをやってみるしかありません。

2011.03.18 節電努力
落ち着かない毎日が続いています。

今日で震災から1週間。

いつもはあっという間に過ぎていく1週間ですが、とてもとても長い1週間に感じられました。

会社では、かつてないレベルで「節電」が意識されています。

つけなくてもなんとかなる電気はすべて切り、
震災までは常時つけていた暖房もつけず、
今日はトイレの便座の暖房が人感センサーに切り替えられていたのか、
座ったらいきなりヒヤッ!
思わず飛び跳ねてしまいました。
座っているうちに温かくなりましたが、ビックリしました。

街は照明を落とすお店が増え、閉店時間も軒並み早まっています。



駅の自動販売機もこんな感じ。

世界一自動販売機の多い日本だと思いますが、
稼動する自販機を限定し、電源を落としていました。



ちょっと写真ボケてますが、「17時閉店」の張り紙です。

大規模停電は免れたものの、計画停電は続いています。

今日も取引先に電話をしたら、「停電中でちょっとわからない」みたいな…。
逆に「この時間停電予定です」と配信される企業も出てきました。

みんなで出来ることは協力しなくちゃ、という時勢ですが、
電力供給の安定は復活するのでしょうか…。

突然の停電のせいで、信号機が消え、事故が起きているニュースを聞くと、
やりきれない気持ちです…。

天災と違う?これは人災?

これ以上、事故のニュース、聞きたくないです…。

プロ野球、セ・リーグの開幕、25日??
ナベツネの発言にはビックリしました。
発言じゃなくって暴言なんじゃ…。

ナイターで膨大な電力を消耗してほしくないです…。
選手だって気持ちよく試合できないはず…。

スポーツで被災地を応援するのはいいことだと思うけれど、
今はまだあまりにも傷が大きすぎて…。
その薬は早すぎる気がする…。


被災地のままならない状況、
そして、福島原発のままならない状況…。

ニュースを見るたび沈鬱になり、つらいのですが、
でも、最前線の現場に命懸けで立ち向かっている人たちのことを想って、
冷静に状況を把握しよう、と努めています。

会社はフレックス制になり、通勤の混乱を避けて、
早朝に家を出て8時~4時半勤務にしています。

米国の精密機器を扱う会社ですが、取引先はアジア・日本国内の様々なメーカー、商社です。
私たちの手一つひとつは小さな手ではありますが、
扱う製品が、様々な精密機器、医療機器、装置の生産ラインへと直結しています。
日本経済を支えている一つの手であると思っています。

東北には精密機器の工場も多く、今回の地震で被害を受けている取引先もあります。

なので、福島の原発のことは本当に心配ではあるけれども、
みんなで力を合わせて日本のためになんとかしなければならない、
無責任に放り出すことも出来ない…みな複雑な胸中の中、お仕事をしているように見えます。

お陰様で、今日夕方の「大規模停電?!」ニュースによる混乱には巻き込まれることなく、
無事自宅に辿り着きました。
夫も早めに仕事を切り上げて帰って来ました。

電力不足が深刻で、停電の時間が一日に2回もあるグループもあり、
今後の供給も心配になってきました…。
被災地はもちろんのこと、それ以外の地域の方の生活も心配です。

今日は日中は身体に感じる余震はなかったのですが、
先ほど2回ほどグラグラと震度3がやって来て、ドキドキしました。

いつまで続くのか…。

阪神大震災の時はアメリカにいたし、
東京に住むようになっても、こんな大きな地震に遭ったことがなかったので、
人生初体験に近い状況です。

7Fなのでけっこう揺れているのに、
夫だけが泰然としてくれていて、本当にそれだけが有難いです。
一人だったら、ビビリなので、とても身がもたないです…。

そんな中、

昨日、今日と立て続けに荷物が届きました!

昨夜は9時半頃、今夜は10時過ぎになって、ピンポーン!

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昨日届いたお米と野菜~富山より~

夫の実家、富山からお米と野菜が届きました。

時々送ってもらっているのですが、
今回の地震を受けて、心配してくれて、すぐにお米を送ってきてくれました。

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大根や人参、白菜など日持ちのするもの、有難いです。

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お義母さんの心遣い、ふりかけも

そして、今日は大阪からも荷物が届きました!

それがちょうど、宅配のおじさんがうちのエレベーターに乗った途端に
今夜二度目の余震があり、エレベーター止まってしまわないかとかなり慌てました。
どうやらそこまでの揺れではなかったようで、
無事におじさんは我が家に来れましたが…。

携えていたのがこちら、弟夫婦からの荷物でした。

我が家のしょぼい懐中電灯ではあまりに心もとなかったのですが、
すぐに買い物に行ってくれた義妹が電池(こちらでは売り切れ)と一緒に送ってきてくれたのです(涙)

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アリガタイです…。

かなり電力が不足しているらしく、大規模停電がいつ起きるかわからないので、
やはり備えあれば、というところで、心持ちがだいぶ違います。

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そして、端っこに並んでいた「りんご」

これは一体…りんご??

よくよく見てみると、

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キャンドルでした!

なんと、こんなオシャレなキャンドルがあるんですね、
リンゴそっくりでビックリしました。

もしかして、点けたらリンゴの匂いもしてくるのかしら…。

会社の同僚にローソクも懐中電灯も無い、という一人暮らしの人がいるので、
分けてあげたいと思います。

あとは、思いの丈を詰め込んでくれたのでしょう、
箱に入る限りのカップ麺たち!

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これも、このあたりでは人々の買い占め心理が働いてか、
数日前から姿を消した食品です。

私たち二人で消費するには申し訳ないので、
ぜひ、昨日連絡のあった茨城の水が止まっていて、ガソリンがなく買い物に出れないお宅へも、
物資が遅れるようになったら、お見舞いに送ってあげれたら、と思っています。

こうして、救援の手がリレーのように伸びて、
最終的に被災地隅々にまで支援の手が届けば…と願うばかりです。

宅配業者さんは昨日のおじさんと同じ方でした。
うちが最後の1軒だったようですが、夜11時近くまで働き詰めの様子です。

近日中に営業所に差し入れを持って行こう、と思っています。

たくさんの電話、メール本当にありがとうございます。

案じてくださる皆さんに心から感謝し、そのお返しの想いを私もまた私の周りの人たち、
被災地の皆さんに向けていきたいと思います。



甚大という言葉以上の表現が見当たらないのがもどかしいほどに
被害の大きな東北はもちろんですが、
隣接した茨城県の友人から現状を知らせるメールが届きました。

<13日(日)22時>

やっとたった今電気が使えるようになり、メールが出来ます。
ウチも海に近いのですが、高台なので津波は大丈夫でした。
しかし、家中はグチャグチャで入れず、余震も大きく、しばらく車の中で寝泊まりでした。
死ぬかと思う揺れでした。
近くは瓦屋根が落ちたり、浸水があったり、という光景もありますが、
今テレビでみた宮城県ほどではなかったです。
まだガス・水道は止まったままですが…。



<16日(水)17時>

日立(市)はやっと今日ガスが来ましたが、
水はいまだに来てないから、お風呂も入れず、
顔もタオルでふくような状況で、トイレも流す水がないので、
近くの川からバケツですくってきたり、井戸水をもらったり、水も買えないし、ガソリンも変えません。

給水所は七時間待ちくらいで、1日が終わってしまいます。
電気がついたから家中で暖をとれますが、
水はまだ回復していません。
宮城などひどいところに比べたら、まだマシです。
宮城の親戚は行方不明です。



テレビでは、一昨日あたりから、特番枠を通常番組枠に変える時間帯も出てきましたが、
テレビには報道されない地域でライフラインが止まっているところが
茨城、千葉など、まだまだたくさんあります。

一昨夜も静岡で震度6に至る地震が起き、かなり揺れました。
またきたかと思いました。
そして、昨日も会社にて、昼ごろ大きく揺れました。
まだまだ余震が続いていて、怖いです。

こちらは買い占め心理が働き、スーパーからモノが無くなってはいますが、
それでも何か足しになるものを送ってあげたい、と思い、
ダンボールを抱えて宅急便や郵便局に行ってみましたが、
日立市など、茨城県の海岸エリアはまだ経路が開けていないのか、
受け付けてもらうことができませんでした…。

目の前にモノはあるのに送ってあげられない…。
もどかしい気持ちでいっぱいです。

郵便局員の人も、
「知人が茨城にいるんだけれど、茨城の一部地域は今、陸の孤島のようになっている…」
とやりきれない表情でした。

原発のことも心配だし、
あまりにも急を要することが多すぎて、国が大変なのもわかるのですが、
自分たちに出来ることを探して、行動しなくちゃ、と思っています。
水が届いてもガソリンが得れなければ買い物にも行けないようなので、
荷物が送れるようになったら、なにか少しでも足しになるものを送ってあげたいと思います。





こちらは震度3でした。
心臓ドキドキしました。

もう大丈夫です。

ちょうど先ほどの記事をアップしようとしていたところだったので、
本当にビックリしました。
数日の間に震度6レベル前後の余震はあるだろうと聞いていましたが、
それでもやっぱりビックリしました。

静岡の富士宮市が震度6強と観測されていて心配です。

東海地震と言われるものなのか、
東北の地震に連動した地震であるとは思いますが…。

今夜は眠れるのだろうか…。

被害が最小限であることを祈ります。

東北関東大震災。

マグニチュード9.0の津波を伴う巨大地震。

4日が経過しました。

いま、日本が直面している緊急課題は、あまりにも多く、
そのどれもが困難を極めるものばかりです。

被災地への流通経路の整備と救援物資の運搬。
行方不明者の救出、遺体の発見と安置。
計画停電の対応。
そして、原発事故の被害拡大を食い止めること…。

それらすべての解決方法を同時に模索し、方向を決定していかないといけない…。
限られた時間に、瞬時に大きな判断をしていかなければならないのです…。

今、世界中が注目する原発事故の対応が急務です。

どこまで国民に正しく最新の情報が届けられているのかわかりませんが、
これだけはなんとしても、日本だけでなく地球を守るために、
食い止めなければならないことだと思います。

いろいろな憶測が飛び交い、不安が煽られがちではありますが、海外のメディアはシビアです。
放射能汚染の空気が広がることは本当になんとしても避けてほしいです。

毎日画面に現われる枝野官房長官が日に日にやつれていっていますが、
世界中からの叡智を結集させて、この難局を乗り切ってほしいです。

仕事でお世話になっている方は、福島県いわき市にご実家があり、
かろうじて地震からは助かったものの、今は、「原発に近い」ということで、
あと10km退避距離が延びたら移動しなければならない範囲にいる、と言われていました。

人体に影響はない微量、と言いながらも何日もそれが続いたら…。
人体のみならず、農作物への影響を考えると、恐ろしいです。
風に乗り、雨をつたってやってくる放射能は、目に見えないだけに恐怖感が増します。

両手で足りないほどの名物を抱えた美味しいものの宝庫だった東北。
日本有数の米どころ、東北。
三陸沖の魚が美味しかった東北。

美しい景色と美味しい食べ物が再び戻る日は来るのでしょうか…。
厳しい現実に胸が痛みます。

会社に行ってる気分では到底ありませんが、
お店を開けている気分ではありませんが、
無責任に持ち場を放り出すことも出来ません。

そんな日本人の背中を今日もたくさん目にしました。

今後どう展開していくのか、
社会の情勢は刻々と変化しているのでわかりませんが…。

昨日再会した友人は、10年前、ちょうど私の家にいて、
9・11の凄惨な映像を共に目の当たりにしました。
あれから10年とちょうど半年。
3・11はちょうど10年と半年だったのです。

とりあえず会社はフレックスの勤務体制になったので、
明日からは混乱する時間は避けて早めの行動が出来そうですが…。

なかなか好転しない事態に、気が滅入るばかりですが、
今、この時間、この一秒に、
被災地の、原発の、最前線で命懸けで対応に当たっている人たちがいることを
忘れてはいけない、と強く自分に言い聞かせています…。

今日は明け方に目が覚める強めの揺れを感じ、その後は感じませんでしたが、
今、山形のほうで揺れが観測され、
今、すごく揺れました!!!!!!!!!!!!!

静岡震度6が出ています。
東京は4くらいでしょうか、
マンションはけっこう揺れましたが、横に揺れたのみで落下ありません。

私たちは無事です。

心配ないです。

ニュース見ます。

あまりに甚大な被害。

言葉を失うこの世のものとは思えない現実離れした映像が画面に流れ続ける中、
不安の消えない時間を過ごして3日が経ちました。

余震の間隔は少しづつ長くはなってきていますが、
数日内に震度7に近いような大きな地震がくる確率も70%と言われているため、
いつまた来るか、と注意深く暮らしています。

電力の不足が切迫した状況にあり、
昨日から「計画停電」(エリアごとに数時間の停電を実施する)を行うことが発表され、昨夜の7時のニュースで管首相が国民に呼びかけました。

痛みを分かち合って、協力してやっていかないといけない未曾有の事態の時ですが、
電力が生活のあらゆる支えとなっているため、何をどう備えたらいいのか、不安が募りました。

グループ分けされても、実際に実施されるのかどうかが不明瞭で、
電車は走るのか?どのグループから実施になるのか?
朝から情報が錯綜し、振り回された人たちも多くいました。

電車はこの「計画停電」に備えて、本数も減らされ、運休する路線も出て、
朝の通勤は駅でも入場制限がかけられていて、首都圏はまたまた混乱でした。

この非常事態に「通勤」?

アメリカ人なら絶対会社行かない!
ありえない!
と、思うのですが、会社でも強制的な「自宅待機」とは言われず、交通の状況をみて、
ということだったので、結局出勤しましたが…1時間遅れの出勤となりました。

都内なので、なんとかなりましたが、
埼玉や神奈川方面の人たちは出社出来ず、自宅待機でした。


エレベーターを停止するJR 秋葉原駅

節電もあると思いますが、エレベーターが動いていると危険です。

電車の本数が少なく、そのため人の溢れたホームに、さらに人がどんどんと自動的に上ってきて、
ホームが人でパンクしてしまうから、という危険です。



なんとか無事到着でき、午後1時頃まで仕事をしました。

アメリカからの貨物はすべてFED-EXの配送が遅延していて、
国内の配送も遅延必至なので、その対応、取引先への連絡に追われました。

米国の本社からはお見舞いや安否を気遣うメールがたくさん届いていて、
電話も入ったり、本当に世界中が心配してくれていることを感じました。

午後は半休だったため、帰途につきました。



早めに会社を出れて良かったです。
でも明日はどうなるんだろう…。

途中、米国から一時帰国中に地震に遭ってしまった友人と3年ぶりの再会を果たすことができました。

お互いに無事を確かめ合って、安堵しました。

夕方、夫と合流し、帰宅。
夫実家に電話を入れ、家族の声を聞いてまた一安心。

少し休憩してから、明るいうちに、と街のスーパー、ホームセンターの様子を見て回りました。

石油不足とライフラインの供給への不安から、
多くの人が灯油、お米や飲料水、ティッシュ、トイレットペーパー、食料の備蓄に向かったため、
スーパーからそういった類のものが消えていました。


帰宅途中、アキバヨドバシにて。

「輪番停電」が行われる、ということで、
懐中電灯や電池類が街からゴッソリ消えています。


豆腐・納豆の棚。パンの棚、米の棚、保存食品の棚、ペットボトル(2L)飲料の棚も同様。

駅前のスーパーでは、1台のレジに30名以上のお客さんが並んでいました。
見たこともない行列でした。

私たちは昨日買出しをある程度済ませていたので、
慌てずにすんで良かったです。



会社付近のコンビニには飲食物はまったく補充が間に合っていないのですが、
コンビニでもエリアで違いがあるのか、自宅マンションの斜め前のコンビニには
ある程度のものは揃っていました。
ありがたいことです。

まだ需要と供給のバランスは整ってはいないですが、
被災地の状況に比べれば、何一つ不平を言うことはできません。
少しばかり不便があっても、感謝しなければ、と思います。



近所のホームセンターでは、普段は8時頃まで開いていますが、
入店と同時に「蛍の光」が流れていました。

照明も抑えて、お店全体で節電に協力している様子でした。

我が家もしばらくは細々と暮らしたいと思います。

今日は午前、午後とグラグラと揺れましたが、
なんとか小出しの揺れでおさまってもらいたいです…。

原発の事故は構造がわかりづらい分、不安が募ります。
なんとか被害が広がらないことを祈るばかりです。

そして、一秒でも早く、被災地に支援の手が数多く差しのべられてほしいです…。

今日の午後、エレベーターが復旧しました。

もっともっと時間がかかると思っていたので、ビックリしました。

エレベーター会社の方たちも休みなく働き続けられているんでしょうね。
有難いです。

ご近所周辺は今のところ落ち着いた感じですが、
電力不足で節電が呼びかけられていることもあって、
普段以上に明かりが少ない気がします。

これからはエリアごとに順番を決めて、一時停電が実施される関東地域。
オール電化のおうちや、病院、商店などのことを想うと、
どうなるのだろう…と思いますが、できることを痛みを分かち合ってやっていくしかないんですよね。

お昼過ぎに夫と買出しに、近所のスーパーに行ってみました。
だいたいのものは揃っていましたが、ペットボトルの飲料(水、お茶、ジュース類)と
パン類、カップラーメン、豆腐近辺の棚が品薄状態でした。
それでも十分なモノが揃っている環境に感謝するばかりです。

土曜も日曜も東北の状況が気になってテレビから目が離せず、
友人、家族、親戚からの電話応対、メールのやり取りで終始する二日間でした。
家の中でできることは他にもあるはずなのに、気が回らず、手がつかない状態でした。

アメリカから一時帰国していた友人は、
故郷の鹿児島からお姉さんの住む東京を訪ねに来た日に山手線の中で、地震に遭いました。
電車を降りても新宿の駅はパニックになっていて、そのパニックになった人たちを見ているのが怖く、子どもと一緒にうずくまって動けなかった、と電話で話していました。

同じマンションの住人さんは新宿の高層ビルの29階に勤められていて、とにかくものすごい揺れだったと。
高層のビルはゆっくりと長い時間かけて大きく揺れるので、
船酔いのように気分が悪くなった、と振り返っておられました。
葉っぱの先のようにしなるビルのオフィスの中をコピー機が右へ左へと転がり、
キャビネットが倒れ、大変だったと言っていました。
それでもケガ人はいなかったとのことで、お互い胸を撫で下ろしました。

横浜に勤務していた同僚は託児所に預けている赤ちゃんを抱っこして4時間歩いて
自宅へ帰り着いたそうです。

友人のご主人も勤務先から5時間かけて自宅まで歩いた、とのことでした。
あの日は、そんな風に自宅に辿り着いた人が数えきれないほどいたと思います。

座っていると、余震をお尻に感じて怖いので、
ちょこっと揺れては立ち、立っては座り。
落ち着かない時間の連続でしたが、今日の午後になって余震の間隔も少しづつ長くなってきました。

画面からは、街を飲み込む津波の恐ろしい映像や、被災された方々の様子が映り、泣けてきます。
悲しくて、やりきれなさに胸がいっぱいです。

そしてまた、海外からの支援のニュースや、
奇跡的に再会できた方たちの様子を見ては、涙が溢れる、その繰り返しです。

まだまだ多くの方がたが、容易に辿り着けない場所に取り残されていて、
寒さと飢えと恐怖に闘っていると想うと、一秒でも早く支援の手が届くようにと、祈るばかりです。

自衛隊が10万人体制で夜を徹して救助活動にあたっています。
また夜になってしまいましたが、なんとか救護の手が届きますように。

そして、69カ国の海外からの支援の申し出。

アメリカからいち早く軍艦空母が気仙沼港に来てくれた時は、本当に感動しました。
早く早く早く、と、祈ることしか出来ない無力な自分ですが、
それでも祈り続けます。

2011.03.12 無事です
ご心配いただいている皆様、こちらはお陰様で、二人とも無事です。

昨日の午後2:46以降、信じられない恐ろしい時間が経過していますが、
これが現実のことなのか、本当に目を耳を、すべてを疑いたいくらいです。

夫は品川区のビル5F、私は千代田区のビル1F、デスクワークをしていました。

ものすごい勢いで急激な横揺れがあり、
なんとかデスクの下に潜り込んでケータイを握り締めているだけで必死でした。

その後夫はすぐに業務終了となり、帰宅の途につきましたが、
徒歩で渋谷まで1時間、その後、幸いバスに乗り込むことができ(座れませんが)、1時間半渋滞。
やっと家にたどり着いたものの、しかしマンションのエレベーターが動かず、入室できず。

ペントハウス型というか、エレベーターが部屋に直結している為、
あとは非常階段側からのドアを使って入室するしかないのですが、
まったくの想定外で鍵を携帯しておらず…。
電話はつながらないし、セコムも連絡がつかず、余震も危ないということで、
結局夫は近くの中学校で一夜を明かしました。

毛布の配布はあったものの、寒かったようです。


同僚撮影@横浜支社にて 地震直後

私たちのいたオフィスは、幸いモノなども倒れてこず、良かったですが、
場所によってはいろいろなモノが倒れてきたようです。


同僚撮影@渋谷駅にて 午前1時過ぎ

結局、私は暖房、電気が通じていて、飲食料もあり、テレビが見れて、
ネットも使える会社にいるほうが良いと判断し、一晩同僚たちと過ごしました。
神経が高ぶって、ほぼ徹夜状態でした。

朝になって落ちついてから、新宿方面の同僚と帰途に着きましたが、
電車は復旧しており、前夜の混乱からは免れました。

さち  20110312221454400s
丸の内線 中野坂上駅

深夜の会社付近のコンビニは根こそぎ食べるものが消えており、
徒歩で帰宅する人たち、渋滞で車がなかなか動かないドライバーさんたちがトイレを借りる行列。

見たこともない店内状況でした。

靖国通りは帰宅困難者で歩いて移動する人たち。渋滞の車。
サイレンを鳴らす救急車。
街中が騒然としていました。

なので、朝の自宅最寄駅にたどり着いた時、ヴィドフランスのパン屋さんが
サンドイッチやパンを並べてくれていたときは、大変な状況だったのに、
早朝からパンを焼いてくれている職人さんたちの温かみが伝わってきて、本当に涙が出そうに嬉しかったです。

しかし、家に帰ると、やはりこの張り紙。



なんとか夜中、明け方と管理会社、セコム、管理人さんに連絡を取って、
非常階段からのスペアキーを早朝ゲットすることが出来、夫が先に入室、
私も無事帰宅できました。

ガスは安全装置で止まっていましたが、復旧ボタンを押して無事復旧。
電気も今のところ23区は停電していません。節電を心がけていますが。
水はウォーターサーバーを置いているので、どでかいボトルが2本備蓄あり、当面は大丈夫です。
食料も大丈夫です。

会社が月曜からあるのかどうかわかりませんが、
とにかく東北の被害が甚大すぎて、本当にどうなっていくのか…。



エレベーターは病院やデパート、公共施設が優先され、
マンションも高層のものからチェックされるので、私たちのマンションは
だいぶ後になると思います。

しばらく7Fまでの階段上り下り生活が続くかと思います。

以上、取り急ぎご連絡まで。

皆様、たくさんのメール、電話、ありがとうございます。
元気をいただいています。

5分間隔くらいで余震があり、微弱なもの、けっこう揺れるものとあるので、
常時揺れているような気にもなり、まだまだ予断を許さない感じです。

これからどうなるのか、
落ちついてくれるのか、
まったく見当もつかず、
自然の力の前に小さな自分です。

3月4日は『バウムクーヘンの日』。

義父の誕生日でもあるこの日、バウムクーヘンを贈るのが恒例になりつつあります♪

どんなバウムクーヘンを贈るかを思案するのも甘党の楽しみ

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バウムクーヘンならココ!という「クラブハリエ」の入っている日本橋三越。
ギフトの調達もあって、午後半休を取って3日に行ってきました。

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地下2Fには、ショップとカフェがあり、
焼きたてのバウムクーヘンが甘い匂いを漂わせてくれています。

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こちらのカフェでは、出来立てのバウムをいただくことができます♪
わ~い

噂の美味しいバウムクーヘン、お義父さんに贈るなら味見してみなくっちゃ!と。
立派な大義名分です。

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席数はけして多くはないですが、居心地のいいカフェでした。
お隣のグループが「休日だったら、行列でこんなに簡単に入れないのよ」と言っているのが聞こえ…(あら、そんなにすごいの…?良かった~平日で)。

早速人気のセットをオーダーしました。
ドリンクはブレンドをチョイス。
ポットでサービスされる紅茶も良さげな感じでした。

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バウムクーヘンは一口いただいてビックリ!

ほんとに焼きたてで、温かい~。
柔らかくって、ふんわりお口の中で溶ける感じです。

添えてあるクリームをつけていただくのもワンダフル♪

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お義父さんへのバースデーカードを書きながらチビリチビリといただきました。
冷めても美味しかったです。

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珈琲も本格的で大満足。

クラブハリエのロゴ、「CH」がオシャレなオリジナル食器。

試食後、間違いない味を確信して、すぐさまショップへ移動。

長生き祈願で大きな年輪のものを選びました。

本当はバースデー用の可愛いパッケージのを用意したかったんですが、
これは取り寄せになっていて、5日前までにオーダーするか、通販で手配しないとゲットできないんです…(涙)

パッケージにもこだわる「クラブハリエ」のバウムクーヘン。
一度はこのバースデーバージョンで贈ってみたいです(ロウソクも付けてくれるらしいです)。

おじいちゃんやおばあちゃんも柔らかいバウムクーヘンなら喜んで食べてくれそう。

みんなで楽しいティータイムを過ごしてほしいです。

甘くて丸い贈り物。

3月4日、バウムクーヘンの日。

灯りをつけましょ、ぼんぼりに
お花をあげましょ、桃の花

2011年も3月3日、お雛祭りを迎えました。

我が家では主人のお誕生日、ということで、今年はお外で夕食会。

かつて夫から誕生日が「3月3日」と聞いた時には、
思わず聞き返してしまいましたけど(男の子なのに~?)、
耳の日らしく、いつもゆっくりじっくりと話を聞いてくれる人。ありがたや~。

結婚してこうして夫の誕生日をお祝いできるのも、
なんと今年で10回目

私にとっては思いひとしおの一日でした。

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夜中に携帯でサプライズパーティーの「招待状メール」を送り(笑)、場所は内緒で。
駅で待ち合わせて向かいました。

この日はこれまで近所にありながら、最上階には上ったことがなかった
『中野サンプラザ』へ。

新宿方面に摩天楼の眺望が広がります。

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和食と洋食のレストランがあり、今回は洋食の「121ダイニング」へ。

温められたパンが運ばれ、全種類食べたかったので
半分こづつしていただきました。

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パルマ産生ハムと彩り有機野菜の取り合わせ 
          ハーブ入りヨーグルトソースを添えて

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本日のスープは「じゃがいも」のスープ。
優しい味でした

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夫のチョイスは「真鯛の蒸し焼き マスタード風味」。
  
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私は「赤ワインたっぷりのビーフシチュー」。

お口の中でホロホロと崩れるお肉。
美味しかったデス♪

「10年一昔」といいますが、10年の間にはいろんなことがありました。

うまくいったこと、いかなかったこと、いろんなことがあったけれど、
いつも穏やかに結果を受け止めて、私を支えてきてくれた夫。

他のおうちはよくわかりませんが、
わりと我が家は普段から「ありがとう」と言い合うことが多く、
お互いにかけあう言葉では「ありがとう」が一番多いかな、と思います。

でも、今日はもう一言加えて
「おめでとう」

良き頃合を見計らって(?)支配人さんとウェイトレスさんがデザートの「クレームブリュレ」を運んできてくれました。
「お祝いの歌などはよろしいです…か?…よ…ね?」
と。

思わず4人で笑い合ってしまいました。

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プレートに立てられた細いローソクからパチパチと火花が!

「ありがとう」は毎日のように言えるチャンスがあるけれど、
「おめでとう」は一年のうちで数えるほどしか言える機会がありません。

誕生日は「ありがとう」と「おめでとう」の両方が言える日。

だから一年の中で一番特別な日なのかもしれません。

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「クリームブリュレ」の上にはサッパリとした「アイスクリーム」が添えられていて、
甘すぎず、食べやすくなっていました。

と、ここでプレゼントのお披露目。

構想3年、製作半年以上をかけた力作です(笑)

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なんだろ、なんだろ~。

指輪の箱のような真四角の箱。

夫は見当もつかないみたいで、なんだろ~?????と。

こちらもワクワクしてきます。

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ジャジャーン!

最新の「iPod nano」(第6世代)。

「マルチタッチ対応」になり、さらに小型化された正方形。
クリップで留められるようになっていて、持ち運びも便利。

「FMラジオ」と「歩数計」が内蔵されているので、
通勤に利用してほしいな、と思い、このタイプにしました。

色は悩みましたが、ブルーはありがちなので、グリーンに。

裏面にはメッセージの刻印を入れてみました。

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これはオンラインストアでのみ利用できるサービス。
アップル社では、この「刻印サービス」をなんと無料で行ってくれます。

家電量販店で買うのも良いですが、贈り物にするなら、
こんなサプライズもいいなと思います。

iPod nanoとiPod shuffleは1行以内。
1行あたり最大全角13文字または半角30文字の刻印が可能です。

ということで、一生懸命に制限文字以内のメッセージを考えた私。

いくつもの言葉を並べながら、最後にいいな、と思った言葉がちょうど13文字でした。

「共に歩こう降っても晴れても」。

私の大好きな歌、「Come Rain or Come Shine」。
降っても晴れても、どんな時も、この歌の歌詞のように、共に歩いていけたら、と思います。

数ヶ月前にオーダーして、こっそりとプレイリスト作りに励んでおりましたが、
なんとか間に合って良かったデス。

妻プロデュースの特選プレイリスト。

歩くテンポに合わせた曲や、
シチュエーションによって楽しんでもらいたい曲をラインナップ。
さっそく人差し指で「シュッシュ」と画面を動かしながら、チェックしてくれていました。

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気に入ってくれたみたいです
良かった~

ちなみに、アップルのオンラインストアでは、ギフトカード、ラッピングもオーダーできます。

ギフトカードのメッセージは
小さなマークのカードに、こんな風に印字されて届きます。

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ちょっと(いやかなり)こっぱずかしいですが、
一年に一度。
いや、十年に一度の記念日です。

これからも夫を音楽とともに応援していきたいと思います♪

お誕生日おめでとう、
そして、いつもありがとう

すっかり遅くなってしまったけれど、
2011年の「味噌仕込」を決行しました!

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大豆を水につけて8時間

材料は友人Nちゃんと共同で購入。
一足先に決行したNちゃんを追いかけて、我が家も早く仕込まないと…!

今年は「生コウジ」でのチャレンジだったので、消費期限もあり…。

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米コウジ殿

焦りながらも気付けば2月も終わり…。

27日、いよいよお尻に火が点きました!
朝から大豆を水に浸け、夜に決行!

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なんと、富山産の「米こうじ」

これはなんとしても成功させないと!

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時間短縮のために、助っ人(夫)を動員。

「粗塩」と「米こうじ」を混ぜ混ぜしてもらいました。

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この「塩切りこうじ」をふやけた大豆に混ぜまして…。

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お団子状にしてもらい、
流れ作業で私がタッパーに詰めていきました。

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ときどき昆布を挟みます。

いい味噌になりますように…。

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仕上げは塩カバー。

どうかカビが発生しませんように…。

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重しを載せて、出来上がり!

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数ヵ月後の「天地返し」までこのまま放置です。

去年作ったからか、わりと余裕を持って臨むことが出来ました。
来年は説明書を見なくても仕込めるようになるかな?!

熟成の具合によって味は変わってきますが、
「手作り味噌に失敗なし」。

その言葉を信じつつ、日付のシールをタッパーに貼りました。


(つづき)

「関門」を時間内に通過できなかったランナーを収容する、「収容バス」です。

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その正体は「はとバス」でした。

こんなところで協力していたんですね、はとバス…。

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「収容バス」の後には「清掃車」。

なるほど。

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そして最後を締めるのはやはり我らが?!白バイ。

く~、カッコイイ。

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路上には、スタートの瞬間に舞い落ちてきた「紙吹雪」がたくさん!

この近辺でしか見られない光景ですね。

近づいて見てみると、なんと!

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ハート型!桜の花びらも!
東京ハートですね。

ちなみに、この紙吹雪は「でんぷん」で出来ていて、水に溶けるそうです。

素晴らし~

普段は交通量の多いエリア、
いくら都をあげてのイベントとはいえ、
長時間の道路封鎖は出来ません。

白バイが通過した後は、ボランティアの手で次々とコーンやポールが片付けられていきました。

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トイレの案内板。
もちろんランナー用の「仮設トイレ」の、です。

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こんなスタート地点のすぐそばでも、「仮設トイレ」が設置されているんですね。
ボランティアのおじさんが懸命にロープをほどいていました。

今回のボランティア総数は、なんと1万人!
そんなにも多くの人が「無償」で支えたビッグイベント。

そして、33万人を越えるマラソンへの応募。
倍率は、定員の約9.6倍(マラソン9.2倍/10㎞13.6倍)だったそうです。

沿道の人の数をどう計算したのかはよくわかりませんが、
東京マラソン」公式サイトによれば、216万人の声援。

マラソン愛、東京愛なくしては成り立たないイベントですね。

東京が溶けることのない温かなハートに包まれていました

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人影もまばらになったアイランドタワーの「Loveモニュメント」を後にして、
都庁までの道すがら、
美しく咲いた「梅の花」を見つけました。

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春も負けじと駆け足でやって来ているようでした。

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数分前、3万6千人のランナーが駆け抜けていった道が
広く広く見えました。

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見上げれば青い空。

この日、気温はぐんぐんと上昇し、スタート時11℃の気温が
午後のゴール地点では20℃にまで。

去年の酷寒とは真逆の一日になりました。

猛スピードで駆けていく神輿の過ぎ去ったお祭り広場。
もう一度振り返ると、
目を疑うサイズのコーンをかついだボランティアスタッフの人が…。

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私、中に入れそうでした。

それぞれの胸に「完走」を誓って、
軽やかに走り過ぎていったランナーの笑顔。

その日東京を照らした太陽よりも、
ずっとずっと眩しく映りました。

(おしまい)

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